こないだの取材に対応する写真を送らなければならなくて、携帯の写真フォルダをあるだけ見返す。写真だと瞬間だけど、全ての瞬間に文脈があり、それをうっすら思い出すことになる。最近、思い出って必要なのか、疑っている。誰だったか哲学者が、晩年になってからの思い出の有用性を説いていたけれど、本当にそうだろうか。時間から解放されるのが、生きることの大義の一つだと俺は思っていて、思い出なんてそれの足枷にしかならない。これニヒリズムでもなんでもなくて、その方が豊かってだけの話。他人からは愛されにくいかもだけど。
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